演技における発声・発音の重要性
発声発音ってそんなの大事なの?
ペーいちです。
はい。とても大事です。
これがある程度のレベルでできていないと、話にならないというくらい大事です。
私は、特に舞台での演技において、発声・発音の基礎ができていなければ、舞台に立つ資格さえない、とは言いすぎですが、それくらい大事なものだと考えています。
声が小さくて聞こえないとか、息がはけていなくて客席まで届かなければ、その演技も作品もお客さんに届かないわけです。
たとえ声が大きくても、滑舌が悪かったり、言葉が転んだりして、何を言っているのか聞き取りにくければ、お客さんは、はじめは聞き取ろうと努力をしてくれるかもしれません。
しかし、あまりにも聞き取れないと、集中力が切れて、最後には聞き取ることをあきらめてしまいます。
そして、ぼんやりと役者さんが動いているのを眺めているだけになり、退屈して寝てしまう、なんてことにもなってしまいます。
私が舞台公演などを見に行っても、セリフがちゃんと聞こえてこない、言えていない、伝わってこないお芝居を見ると、物凄く退屈で長く感じてしまします。
逆にセリフがちゃんと聞こえる、「何を言っているのか分からない」ということがないお芝居は、体感時間がとても短く感じます。
「今なんて言った?」とお客様が思った瞬間に、お客様は作品の世界からはじき出されて、現実の世界に戻ってしまうのです。
それが上演中に何度も起こってしまうと、お客様は作品を楽しむどころではありません。
深い感情さえあれば、セリフは少々聞き取りにくくてもお客さんは聞き取ってくれる、なんてことを言う人もいますが、それはしっかりした発声の基礎ができていてのこと。
気を付けなくても、客席に届くセリフを吐ける人にのみ通用する言葉であって、基礎のできていない人が鵜呑みにしてはいけません。
セリフがちゃんと喋れていないと、大半の人がその俳優は下手だと判断する。
アマチュア演劇の舞台公演をして、アンケートに、あの役者さんの滑舌が悪くてセリフが聞き取れなかったと、名指しで書かれている俳優さんがいます。
その俳優さんは、佇まいもいいし、表情もいいし、演技の間もいいし、舞台上の位置取りの勘もいい。
体の使い方や見せ方もうまいのに、セリフだけが残念な感じの方です。仲間内でもセリフがなければすごくいい俳優さんなのにと、言われています。
ただ、セリフの滑舌が悪いだけで、一般のお客様からは下手な俳優だと思われてしまっています。
お客様は作品世界に没入できない、俳優は下手だとアンケートに書かれてしまう。
これはお互いに非常に不幸なことだと思います。
ただ滑舌が悪いだけなのに。
音楽で例えれば、まともに音が鳴らない上にチューニングもされていない楽器で演奏するようなものです。
そんな演奏聞きたいですか。私は聞きたくありません。
日ごろの発声練習の積み重ねで、訓練していくしか道はありません。
とはいえ、やみくもに大きな声を出しているだけではどうしようもないので、別に記事で、発声練習について書いていきたいと思ってます。
まとめ
私は、発声の基礎基本を身に付けるまでは、感情の表現をするよりも、いかにセリフを、ちゃんとお客様に届くようにするかを腐心すべきだと思います。
棒読みであったとしても聞き取りやすいセリフで台本をしゃべれば、少なくともその作品のストーリーはお客さんに伝わります。
セリフがちゃんと聞き取れないと、何をやってるかわからないまま、作品が終わってしまって、何か役者さんが熱かったなあ、で終わってしまうのです。
ですから、この役をどう演じるか、感情をどう表現するか、どのようにお客さんに見せるか、という技術を習得することと並行して、基礎となる発声の訓練をする必要があるのです。
要は、テクニックや熱い思いを込める前に、ちゃんとメンテナンスして、音が鳴るようにして、チューニングするところから始めようぜ、ということなのです。
そして何より、セリフがちゃんと喋ることができるようになるだけで、上手いとは言われなくても、少なくともあの俳優さん下手だね、と言われなくなります。
発声・発音の基礎を習得して、言葉を操れるようになると思わぬ副産物も得られるようになりますが、それはまた別の記事で。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
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